トラウマ治療を専科として歩んできた精神科医、べッセル・ヴァン・デア・コーク による歴史的大著。トラウマの原因から治療法までを脳科学、心理学、神経科学などあらゆる分野を横断して解説している。
この宇宙の片隅で
現代はストレスに満ちている。社会と関わる中で人の心に沸き立つ泡ぶくのように無数の苦悩が生まれる。凄絶な体験を受ければ鮮烈なトラウマが心中に焼きつき、日々降りつのる理不尽の雨から逃れる術がなければ、無力感と抑うつが人をむしばむ。苦しみから逃避しようと影の方に放置した悩みの宿題は、いつの間にか山積して手がつけられなくなる。痛みに向き合わなかった代償は、やがて心を食らうグロテスクな触手となり精神にまとわりつく。心が単純なアルゴリズムで構成された電子回路なら悩みなく淡々と生きていけるのだろうが、複雑怪奇な脳を持ち、入り組んだ社会生態を営む人間に残念ながらそれは出来ない。
過去が未来を書き換えてしまう
トラウマが焼きについた人間はストレスから生じる情動、感情を制御できず、恐怖や不安におびえた状態で暮らしている状態。トラウマは人間の感情を司る諸要素の配列やスイッチのオンオフを変更してしまう。一つに快楽、ストレス抑制を司るセロトニントランスポーター遺伝子というの働きが弱くなることがあげられる。そのため精神的負担を抑える脳内物質が少ないので、ストレスに対する耐性が低くなる。
2つに偏桃体の働きが過敏になってしまうこと。人はストレスや脅威に会った時、太古から存在していた脳の原始的な部分、偏桃体が機能する。偏桃体は何事かから危機の予兆を察するセンサーにあたる。それらが人体に指令する内容は、逃避・闘争・凍結。PTSDや人格障害の逃避、解離行動などはここから発している。また、機能する際にはアドレナリンやコルチゾールというストレスホルモンを大量に体中にばらまく。トラウマを受けた人間は偏桃体が過敏に反応し、偏桃体が神経系統にふりまくストレス物質の影響で絶えず不安と恐怖、怒りにさいなまれた状態にある。通常の人間はセロトニンというストレスを軽減する神経伝達物質がそれらの機能を安定させるが、彼らは慢性的にそれらが不足している。また前頭前野という理性を司る脳の部位も偏桃体の暴走にブレーキをかけようとするので、その不毛なせめぎあいのなかで精神的に摩耗し、日常生活が送りにくい状態となる。偏桃体の暴走は現在起こっている、これから起こるであろう認知にも影響を与える。過去に受けた悲惨な体験って脳内にインプットされた情動と感情の神経配列が、現在に起きる出来事も過去と同様のトラウマと重ね、本来幸福であろう事象すらも不幸の序章としてとらえてしまう。
本来ストレスから逃避し、一定期間置くことで精神的な付加から回復するが、それがない状態、家庭内が不安定であるとか、帰る場所がないなど、の場合、学習性無力感や逃避不可による不合理が発生し、抑うつ状態に陥る。
続く
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