概説

素敵な人と過ごす時間に一万円を使うのと、一生関わらないであろう退屈な人と過ごすのに使う1万円の価値は異なる。同じ額面なのになぜ受け取り方が違うのだろうか。
その問題を解くカギは行動経済学にあった。簡単に言えば人は物事を選択する際に、合理的なロボットのように論理や理性を用いて、効用を最大化するのではなく、無意識のうちに感情に多大な影響を受けて非合理な判断をしているということだ。
この本はその理論をベースにしてはいるが、事例が身近なものばかりなので、非常にとっつきやすい。

主要な教訓

1:お金の価値は一定ではない。同じ一万円でも人は状況と文脈によって違ったように考える。ギャンブルや宝くじで得たお金と、汗水流して稼いだお金は同じではない。
2:選択肢が増えれば増えるほど迷いは深くなり、はじめは飼おうと思ったものも買わずに手ぶらで帰ってきたりする。(認知容易性)
3:選択で目がいきやすいのは肯定面より否定面。政治家の選挙で、汚職やスキャンダルを嫌うのはそのためである。(損失最小化)
4:鮨屋のランチメニューで特上・上・中とあれば上の注文が多い。一般に3つの選択肢があった場合、真ん中が最も売れる。(誘因効果、妨害効果)
5:迷いと葛藤は選択を遅らせるか選択しないという結果をもたらす。ともかく、人は選ぶ理由を欲している。
6:通販での試供品の提供。使ってダメなら一週間以内に返品を。お値段は無料。-めったに返品がないことを通販業者は知っている。(保有効果)宗教の勧誘も同様。無料の雑誌を自宅へ持ってくる。無料の集まりに一緒にいこうと誘う。おなじ株式に何かと理由をつけてナンピンを繰り返すのも同様。自分のものになっただけで、人は手放すときには2倍以上の値段・価値をつける。
7:自分の失敗を認めたがらないコンコルドの誤謬は経営者としては危険なパターン。撤退する勇気こそ必要。
8:白のセーターがほしくて店に入ったのに、店員の話を聞いたり、店をまわっているうちに関係のない服を買ってしまった。マネキン買いなども。(フレーミング効果)
9:ナンピンや塩漬け株、利益があがればすぐに利確など、これらは後悔回避の原則によるもの。

選考の逆転

標準的な経済学では、人の嗜好や好みは一定で変化してないととらえるが、「行動経済学」では状況や文脈で変化するものとみなす。昼飯に「焼き魚定食」を好んで注文する人も「今日のランチメニュー」を見て別のものを注文することはよくあることだし、イタリアンレストランで「刺身」を頼む人はまずいない。飲み屋でいつも「ビール」を真っ先にオーダーする人が、雪が降った日に「日本酒の熱燗を一杯」と頼んでからビールにもどるというのもよくあることである。
坑道ファイナンス理論では、「目先の利益に目がくらみ、将来の大きな利益に目がいかない」ことを「選考の時間的な逆転」といい。「時間的非整合性」という。将来の自分の健康にとって煙草をやめたほうが良いとは思うが、、目先のたばこの一服がやめられない、という現象も同じ理屈で解釈される。

保有効果

自分が所有するものに高い価値を感じ、手放したくないと感じる現象の事。カーネマンらは、この現象が起こる原因の一つは「損失回避」にあると考えた。あるものを得ることに伴う効用より、いま持っているものを失うことによる痛みの方が大きいと感じられる。したがって、ある品物を別の品物と交換しようという提案を受けても、なかなか交換をしたがらない。標準的な経済学では、「手放す代償として受け取りをのぞ最小の金額」と、それを「入手するために払ってよいと考える最大の金額」は大差がない、と考える。しかし、現実の人間は、そうは考えないようだ。

現状維持バイアス

コンコルドの誤謬

過去の投資が将来の投資を左右すること。実業家たるもの、「コンコルド機にはずいぶん投資したのだからそれをスクラップに回すことはできない」というべきではない。すでに多額の投資をしたとしても、投資を注視してその計画を放棄するのが将来の利益につながるなら、そうすべきなのである。英仏が共同開発した超音速旅客機コンコルドは、開発の中途で、たとえ完成してもいくつかの理由で採算が取れないことが予測された。が、それまでに投資した開発費が巨額だったために突っ走り、完成はしたが、結局、赤字はさらに膨らんだ事象から、この呼び名がつけられた。

サンクコストの過大視

埋没費用の過大視。「コンコルドの誤謬」と同じ意味で、「先行投資額が巨大だと、損失回避の傾向から、人は未来の予測をしばしば誤る。」

ヒューリスティック

人が意思決定をしたり、判断を下すときには、厳密な論理で一歩一歩答えに迫るアルゴリズムとは別に、直感で素早く解に到達する方法がある。これをヒューリスティックと言う。短時間で苦労なく満足いく結果が得られる利点がある。一方、思わぬ間違いを起こすこともある。不確実性状況下で、人はヒューリスティックをとりがちだが、そのために、ときに非合理的な判断と意思決定をする。このことをヒューリスティックによるバイアスが生じるという。
1:典型的と思われるものを判断に利用する「代表性」
2:日常的に簡単に利用できる情報で判断してしまう「利用可能性」
3:最初に示された特定の数値などに縛られてしまう「固着性」がある。

代表性

ヒューリスティックによるバイアスの第一要因が代表性。典型的と思われるものを、判断の基準、答えとして転用すること。典型的と思われるものは、ステレオタイプ(固定観念)とも呼ばれる。代表性ヒューリスティックには、次のいつくもの種類がある。「妥当性の錯覚」「ランダムな事象に規則性を見つけようとする錯誤」「標本の大きさの蒸し」「平均値への回帰の誤った理解」「事前確率の無視」など。
国籍や性別、職業や年齢などから実際の人物を判断することは普通にあることだ。ただ、典型的な特徴があるからといって、その人物があるカテゴリーに属していると考えてしまうこと。
いつもニコニコしているからといって、いいひととは限らない。

利用可能性

ヒューリスティックによるバイアスの第二の要因が利用可能性。思い浮かびやすさ。ある事象が起きる確率や頻度を考える際に、最近の事例やかつての顕著な事例と特徴を思い出すことで、評価すること。テレビやマスコミに取り上げられることで、重大事件と思ってしまう、実際の確率より高く評価し、すぐに自分にも降りかかってくることだと思ってしまう。社会的な情報の伝達の際に、何が強調されるかによって違ったように伝わる。(衝撃的な写真や映像、刺激的な表現など)地震が来ると言われれば地震グッズが売れ、鳥インフルが危ないと言われれば、鶏肉を食べなくなる。「連言錯誤」は利用可能性によるバイアスの一例。実際に過大な評価をしがち。

アンカリング効果

船がアンカーを下ろすと、錨と船を結ぶともづなの範囲しか動けないことからくる比喩。最初に印象に残った数字やモノが、その後の判断に影響を及ぼすことを言う。日常の買い物から、ビジネスでのさまざまな局面、株の売買、コミュニケーションに至るまで、非常に広い範囲で起きる現象である。たとえば1万円の値札が赤線で消され、7000円に直してあれば「安い!」と感じる衝動買い、ある株の売りのタイミングで頼りにする指標としての「最も高かった時の株価」である。「本日限り」「女性半額」「先着10名」「残りあと3個」など、ここにはあの手この手のアンカーが待っている。「アンカリング効果」はヒューリスティックによるバイアスの一種。

小数の法則

試行回数が少ないにもかかわらず「大数の法則」が当てはまると錯誤する。また、少数から成る標本であっても、その「代表性」のために母集団の性質をあらわすとみなすこと。コインが4回連続表が出たので、次は裏が出ると予測するなど。

平均値への回帰

統計学の用語で、長い目で見れば平均値にもどることをいう。中間テストで好成績であっても、期末テストで悪くなかった。プロ野球で「2年目のジンクス」という言い方があり、1年目の成績が、2年目になって落ち込んだ。実は両方とも実力はこんなもので、「平均値にもどった」のかもしれない。その点、イチローは、4月、5月はそこそこでも、最後は三割を超え、毎年200本安打を達成している。そんなイチローでも4打数で編んだが0という日もある。

後知恵

何か事が起こってから、後でその原因に言及すること。事前には予測すらできなかった事象が、事後には必然であったかのように判断する心理的バイアスの一つ。「自動車事故を起こしてしまった。もっと慎重に運転していればよかった。」一見、正しい原因のようにも読めるが、その信義を深く追求することもなくそこで思考停止してしまう。

フレーミング効果

意思決定において、質問や問題の定時のされ方によって選択・選好の結果が異なることがある。その提示の仕方をフレーミングと呼ぶことから名づけられた現象。
手術をするかどうかの選択で、医者から「生存率95%」と「死亡率5パーセント」という提示は、中身は同じなのに受け取る印象は異なる。同様に豚肉の表示で「赤身80%」と「脂肪分20%」は、意味は同じだが、後者の表示ではお客が逃げてしまう。

損失回避性

人間は同額の利益から得る満足より、損失から受ける苦痛の方がはるかに大きい。これを損失回避の原則という。さらに利益が大きくなるほど満足度は減っていき、損失が大きくなるほど苦痛の度合いは減っていく。荊州を得るより、赤壁の大敗の方が曹操には手ひどいダメージだったろう。

省略の誤り

統計の落とし穴のひとつで統計的に有意であるという相関がたとえ見られたとしても、第三の変数を見落としているために誤った解釈をすること。たとえば「ダイエット食品を多くとる人」と「体重が重い人」が正の相関を示す統計が出たとする。このことから「ダイエット食品は効果がない」と結論するのは短絡的である。「体重の想い人がダイエット食品を多くとっている」だけかもしれないからだ。

後悔回避

現在および将来における公開を嫌い、避けたいという人間の信念が意思決定に大きな影響を与える。人は短期的には失敗した行為のほうに強い後悔の念を覚えるが、長期的にはやらなかったことを悔やんで心を痛める。

ピーク・エンドの法則

あらゆる経験の快苦の記憶は、ほぼ完全にピーク時と終了時の快苦の度合いで決まるという法則。経験の記憶は主観によって変えられ、その出来事の時間の長さには関係がないという特徴がある。

確実性効果

人は、ある事象が起きる確率を主観的に重みづけて考える。100%か不可能になるかということに強く反応する。リスクゼロの誘惑は大きい。無農薬野菜、無添加食品。確かに安心はできるが、それ以上のリスクやパフォーマンスを検討しているかどうかは別の話。

注意の焦点化効果

人は作業や判断を行う際、示された刺激をいち早く検出し、その意味をとらえようとするが、その際に特定の分野に対して注意を集中させると、その他の部分に注意が向かなくなる傾向を持つ。言い換えれば、ある特定部分に注意を払うように誘導されると、そのことだけで、判断したり、行動してしまったりする。振り込め詐欺の被害がなくならないのも同様。おかしいと思うはずだが、息子に大変なことが起きているという一点に注意が行き、振り込んでしまう。電気店の店頭で販売員から詳しく省エネ効果の説明を受けると価格で選ぶつもりが省エネを基準に商品選択をしてしまう。

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本郷航

代表取締役社長/CEOG2株式会社
G2株式会社代表取締役社長。 司馬遼太郎が描いた偉人達、北方謙三らが描いた熱い英雄たちの物語に影響を受け、高校在学中から起業を志す。 大学在学中からさまざまなビジネスに手を出し、株式投資も並行して行う。その後海外向けの高級ガジェット専門店を立ち上げ、売却。 有田焼ギフト専門店(ジェイトピア)を創立。 あらゆる業界人が焼き物を決してネットで売ることはできないと断定する中、業界を代表するECプラットフォームを構築。新垣結衣、櫻井翔主演のドラマ等のスポンサーも。 ネット社会において、本来ブランド力や技術のあるサービス、物などのブランディング、マーケティングによる価値創出を理念とする。