「あ」が使えなくなると、「愛」も「あなた」も消えてしまった。世界からひとつ、またひとつと、ことばが消えてゆく。
実験的小説
小説が進むたびに、言葉が一音ずつ消え、その音を使う世界の対象物や概念が消えていくという実験的小説。
文章の単語や語彙がいびつな状態となっていき、最終的に世界は消えてしまう。
世界は言葉でできている
章が進んでいく。それに乗じて世界がぼんやりとしたものになっていく。音が使えず、その対象物を表現することが出来なくなるからだ。
普段は使わないような単語を、壊れたプラスチックの人形を無理やり他の無機物へくっつけるようにして、得体のしれないものをつくるような具合に、
徐々に不安定で不気味な世界が姿を現していく。
それまで確かに存在したそこにあったものは、残像としてしか残らず、
それを追想する際に鮮やかな記憶の口紅でそれをとどめようとする。だが、少しずつ実態の記憶は薄れ、輪郭線だけが残る。そしてそれもまた、滲んで消える。
虚構としての世界
人類が明確な言葉をしゃべり始めたのがおおよそ7万年前とされている。
人間の脳に劇的な機能革命が起こり、世界中をホモサピエンスが席巻するようになった。
言葉は過去と現在、未来を創った。やがて虚構を作り出し、宗教や国家、法律など、複雑な概念を生むに至る。
人間の世界は言葉がつくりだした虚構でできているといってもいい。
この小説は人間の文明がつくりだしてきた虚構と実態を、見事に表している。
話が進むうちに徐々に失われていく世界の構成物や考えは、我々の先祖が積み重ねてきた、人間の足跡を消し去るかのようだった。
小説内の時がすすむほど、原始の時代に逆走していくかのような、ビデオテープを不自然に巻き戻していくような、
得体のしれない不気味さが、世界を覆っていく。だが、それと同時に失われていくものへの、哀憐や恋慕のような感情にも包まれる。
そして、言葉そのものがあらわす美しさと。
世界から「あ」が消えた。「あなた」がいなくなり、「愛」が失われた。
More from my site
最新記事 by 本郷航 (全て見る)
- 伝説のバンド、ビートルズは何故解散したのか ザ・ビートルズ 解散の真実 - 2018年9月16日
- 項羽と劉邦 - 2018年9月9日
- 交渉に使えるCIA流 真実を引き出すテクニック - 2018年7月16日
- 生きるのが面倒くさい人 回避性パーソナリティ障害 - 2018年7月16日
- StrategicMind 2014年新装版 - 2018年7月15日