中国では名の通った民間伝承小説、楊家将演義を元に、気骨のハードボイルド作家である北方謙三が、ストーリーと登場人物を縦横無尽にアレンジした小説。原作とはほぼ別物。ルーツは被るとしても、属性として恐竜と鳥ほどの違いがある。
中国北宋が建国されて間もない時代。楊不敗と呼ばれた大陸最強の将軍がいた。彼の名を楊業。軍閥として北漢に仕える彼と7人の息子たち(楊家将)だった。
物語開始まもなく宋の自国への大規模侵攻が勃発。楊家将らは果敢に迎撃に向かうも、佞臣たちの北漢皇帝への讒言により、やむなく降伏。
宋の家臣となる。
宋は北方の遊牧民族国家・遼との国境隣接地帯である、燕雲十六州を巡る激烈な領土争いを繰り広げていた。
遼には白き狼と呼ばれる全身白毛の名将、耶律休哥がおり、楊家将らは宋最強の軍閥として、存在すべてをかけた戦の博奕へと臨む。
一方、宮廷内部や宋国軍内においても楊家をねたむ声は絶えず、内からの妨害を枷とせざる負えなかった。
換骨奪胎
北方謙三は三国志や水滸伝を書き上げているが、凛としたリアリズム、登場人物らの死すら厭わぬ男気を元に、原作を劇的に再編する才能がある。
もともと水滸伝も三国志(正史)も、個別の人物を中心に描かれた列伝形式の叙述をとっているため、全体の流れの中で誰が何をやったのかさっぱりわからない。言い換えれば物語全体としては成立しておらず、雑多なオムニバスといいきってもいい。
それを話全体と登場人物たちに芯を持たせ、混然一体とした一つの輝ける人間たちの物語へ変貌させる能力は流石としかいいようがない。
この楊家将もまた同様である。
不敗の男
中原最強の将軍である楊業と北方最強の将軍である耶律休哥の対決がメインなのだが、結局すべての戦で楊業が勝利を掴む。
敗北する場合は楊業の息子であったり、宋の他の将軍が戦線を崩壊させるなど他の要素が絡んでくるのだが、彼個人が率いた軍は負けを知らない。
楊業は忠臣であり、性格や能力含め軍人の鑑といえる人間なのだが、いかんせん有能すぎ、宋の佞臣たちからの讒言を幾度と受ける。
この国家は文官優位の政権であり、軍事よりも内政を優先する傾向があった。さらに軍の最頂点に立つ司令官らは権謀術数や己の保身のみを考える根っからの腐敗者であった。そのような理解力のない姦臣たちからことあるたびに妨害を受ける。
博奕の行方
最後の戦いのみ概略を記す。
宋国皇帝は燕雲十六州を奪回するため、皇帝自らが最前線で総司令を取る親征を行った。
国中の総力を集い、派兵できるあらゆる兵力を遼の全面へ推し進めたのだ。
元々兵数では劣る遼だったので、多方面から攻め入る宋に対抗すべくもなく、局地戦では敗北。
だが、遼の狙いは別にあった。
宋の兵軍にあえて自国の城を奪わせることで分散させ、前線の都市で指揮をとる宋国皇帝を孤軍に追い込むことにあった。
遼の大軍は宋国皇帝がこもる都市へ一挙来襲。
端折るが、楊業の息子たちは皇帝を生き延びさせるため、策を立て、大半が死んでいく。
他の戦線で戦っていた楊業は、包囲された皇帝の元へ急行。
厳重な包囲網を突破し、主君を救い出す。
皇帝らを安全な後方へ移したのち、遼軍を撃滅するための起死回生の策を実行する。
英雄の死
自軍がおとりとなり、敵軍をある谷の奥へ引き込む。
山峡の上には埋伏の兵を配置し、そこから一斉に攻撃を加えることで敵軍を壊滅に追いやる、勝てる博奕。
彼らは1万の兵軍でその10倍にあたる軍隊を引きずり回し、埋伏の地へ至る。
楊業の好敵手だった耶律休哥は、渓谷深くへ進軍した時、ようやく彼の策略を理解する。
埋伏の策にはまったのだと。悟ったのだ。死を覚悟した彼だったが、一向に攻撃は起こらなかった。
眼前には敵を撃滅するための陣形である鶴翼の陣を広げた楊家軍があったが、彼らは陣形を変え、防衛型の方円へ変形した。
楊業は天をあおぐ。
宋軍生え抜きの大将、潘仁美が埋伏の兵を発動する予定だったが、楊家将を見捨て、敵前逃亡したのだ。
すべては終わった。
楊家軍は雲海の如く拡がる敵軍へ向い、最後の戦いを挑む。
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