上下2巻。国盗り物語、関ケ原、と連なる司馬遼太郎戦国三部作の1つ。
尾張国の貧農として世に生を受けた木下藤吉郎(秀吉)。猿に似た醜悪な顔相を持ち、小柄で膂力にも恵まれない、一件なんの可能性もない人間のように思えるが、太陽の熱量のように無限にわく知恵と、神すら驚愕しかねない天性の機転を備えていた。
その男は身一つで乱世を生き抜き、周囲の人々を巨大な台風のように巻き込んで、天下人への道を駆け上がっていく。
止まない雨
幼少期から青年期にかけては陰惨極まりない生活。極度の貧困、義理の父のDV。醜悪な容姿ゆえに、猿と罵られ幼少期は周囲にいじめられる。毎日に起こった良いことなど、飢えた生活の中、なんとか空気を吸えることが出来たことぐらいなものだったろう。
そうした地べたを這いつくばるような生活を送りながら、時折誰にも思いつかないような着想、発想で物事を解決し、事におよんでは強力な胆力を発揮するなど、才能の片鱗はうかがわせる。
希望を求め育ちの村を飛び出す。職に就いた後も裏で同僚に足を引っ張られるなどして、30回以上の転職を繰り返す。
運命の人
世間に受け入れられず、才能を持て余していた彼は、飛ぶことを忘れた龍の如くであったが、その時出会ったのが永久の主君たる織田信長であった。生来の合理主義者であり、出身や背景を問わず、実力と才能のみを己の覇道のために利用する近世の創業者である。
彼と秀吉の相性は抜群だった。秀吉が名馬であるなら、織田信長は名騎手であろう。君臣の良好な関係をあらわすに、水魚の交わりといった言葉があるが、そういったものではなく信長は秀吉の性能を愛した。
信長の草履とりから始まり、足軽、足軽頭と順調に出世を続ける秀吉。信長の悲願である美濃攻略では、蜂須賀小六という夜盗混じりの地侍の力を経て、1晩で尾張と美濃の県境に城を建築。その後、美濃の金城湯池である稲葉山城を主君をおさめるためわずか7人で制圧した天才、竹中半兵衛を7顧の礼をもって口説き落とす。彼の策と人脈を元に、美濃の城主たちを織田家のもとに調略。見えない多大な戦果をあげる。
稲葉山城を手にした織田信長は、天下布武の志を果たすため、京へ上洛。その後浅井家の造反があり、朝倉浅井軍が信長の本軍を取り囲む。その金ヶ崎の撤退戦では殿をつとめ、全軍を逃がしたのち、見事生還を果たす。
その後は城主、軍団長と出世街道をばく進し、織田家の筆頭格である明智光秀と肩を並べるまでに至る。
天への道
本能寺。逆臣明智光秀の手により、天下の半ばを制圧した覇者、織田信長は斃れる。
当時中国の大大名毛利家と対峙していた秀吉は、信長死すとの伝令を受け、泣き叫ぶほどの動揺を見せる。
それはそうだろう。彼の人生は信長であったからだ。基本的に彼の立身出世の根本にある思想は、拾い上げてくれた信長から受けた恩を、きちんとそれ以上にして返すという投資のようなものだった。
その当たり前の人生が一挙に瓦解し、目の前にあるのは天下をとべる王者を失った混沌たる世界。だが、その茫漠とした混乱の先にあるものは、ほかならぬ空席となった天下人の座である。
毛利家といち早く和睦し、1日50キロの強行軍で姫路城へ帰還。瞬く間に軍を編成し、京の山崎にて逆賊明智光秀を討ち果たす。
戦後、織田信忠の長男である三法師の後見人となり、織田家中をまとめる。反目した柴田勝家を賤ケ岳で撃破。持ち前の政治力と機転の良さ、明るさで次々に人心の調略を行い、味方を爆発的に増やしていく。
織田信雄と徳川家康はタッグを組み、反秀吉軍を挙兵、それらとの戦いである小牧長久手の決戦では、秀吉が破れる。
されど織田信雄の領土を奪う軍をまたたくまに立ち上げ、根元から戦意を枯れさせる。信雄は降伏し、名分をなくした徳川家康も降伏。
ついに一人の男は天下を手にした。
感想
一見醜悪と思わせる容貌も、彼の明るさと頭脳があれば、愛嬌のある猿に変わる。マイナスをプラスに変える天才。史上最大の出世を成し遂げた究極の男。
個人的にこの人ほど尊敬できる英雄は中々いない。
人心掌握術、政治力、軍団統率力、あらゆるものが卓抜している。局面局面で彼が果たす役割というものがもはや運命的であって、この人は本当に人間なんだろうかと疑うほど優れている。
むろん実力主義者である織田信長のもとであったからこそ咲いた大輪の花だろう。
家柄と容姿を優先する今川家に一時期彼は仕えていたが、そこでは同僚から実務能力に嫉妬を受け、徹底して苛めをうける。
実力重視の織田家の家風と彼の志向が完全に一致した。
彼の素晴らしいところの一つは規格外の発想だろう。
人心調略の際は、身一つで敵城や敵陣に赴き、直接敵方を口説き落とす。大した度胸であり、誠意、頭脳がある。
城攻めの場合も兵糧攻めや水攻めなど公共土木事業の如く敵城を陥落させていく。犠牲はほぼない。
天下を取るにあたっては己を嫌った相手をあえて厚遇し、高い石高を贈って調略。隗より始めよということなのだろうが。
天下統一後は土地をばらまきすぎ、豊臣家自体にろくな石高がなくなる。そこはさすがの秀吉で、その従来の指標に執着することなく、国外貿易含めた商業中心の政権運営を大いに進めていく。
従来の武士にはない発想の人間。
More from my site
最新記事 by 本郷航 (全て見る)
- 伝説のバンド、ビートルズは何故解散したのか ザ・ビートルズ 解散の真実 - 2018年9月16日
- 項羽と劉邦 - 2018年9月9日
- 交渉に使えるCIA流 真実を引き出すテクニック - 2018年7月16日
- 生きるのが面倒くさい人 回避性パーソナリティ障害 - 2018年7月16日
- StrategicMind 2014年新装版 - 2018年7月15日