酒の飲みすぎで事故死した酔生夢死の男、中島らも。小説家、劇作家、ルポライター、幾多の世界を行き来した彼が断酒入院中に体験したことを小説として書き残した治療記である。
感想
主人公である中島らもをモデルにした小島が、アルコール治療のため病院に入院するところから物語は始まる。実話ということだが、ストーリーの流れや登場する人物の個性は器からあふれんばかりのそばのように盛りに盛っているとは思う。どの登場人物も強烈な人格や人生の背景を持ち、セリフや振る舞いもレイモンド・チャンドラーのハードボイルド小説なみにキザだ。多病が原因で17歳になっても中学生のままの綾瀬、憎まれ口をやたらたたくが、男気ある優しさを見せる担当医、酒をやめられない板前、酒におぼれながら事故死した親友、自分の事務所で働くその妹。劇中の男も女も、俳優か女優か何かか。
アルコール中毒者がいかに酒におぼれ、身をもちくずし、滅びていくのか。作者自身、登場人物たち、酒に呑まれ朽ちていくそれぞれの過程を主人公が当事者として眺めていく。彼の視線には自分の命などどうでもいいといった厭世観がベースにある。肉体の滅びをむしろ望んでいるんじゃないかと思えるほど、冷徹な視線だ。酒を執筆の内燃機関にしながら、心の穴から垂れ流した生命で文を書いていたんだろう。いつでも死んでもいいと思えるような人間でなければここまで刹那的で、強烈な文章は書けない。
幻覚、妄想、手の震え、肝硬変一歩手前の肝臓の繊維化、血便、血尿、精神肉体の不健康の博物館のような人間たちが、酒切れの禁断症状と向き合いつつ、酒に逃亡したり、それに耐え抜き元の世界に回帰したりと、まあいろいろある。この人は心理理論がベースにあるのか、飲酒者に対しての様々な心理学の学派からの見地や、フロイトがよだれをたらすような当人が見た夢の描写(潜在心理的な)を行っている。深く内面に立ち入る人間なのだろう。
おそらくこの作者はアタッチメント理論における混乱型の人間になる。大学浪人時代の反社会的行動、それ以降の猛烈な仕事への逃避、薬物への逃避、そしてどこか人に回避されることを恐れているような諦念をはらんださみしさ。消えろと人に言って後悔するような不安定な、心の裂け目も垣間見える。心に何か暗い部分を抱えている人、何か外部に依存するものを持たない人が酒に依存していくのかなと思えた。
美空ひばり、石原裕次郎、エルヴィス・プレスリーも酒で身を持ち崩して死んだ。華やかなスポットライトを浴びつつも、内面は暗く湿っていたんだろうな。破滅的で退廃的な孤独屋たちの物語だ。
なぜそんなに飲むのだ
忘れるためさ
何を忘れたいのだ
…..。忘れたよ、そんなことは
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