予想どおりに不合理

誕生日を祝った側が報酬として現金を渡されると何故不快な感情になるのか、たかが数百円程度の無料の商品配布を受け、時給を稼ぐ以上に無駄な時間を過ごすのはなぜか、占い師の言っている事は何故もっとも聞こえるのか。保有しているものを過大評価するのは何故なのか。
人間が無意識に繰り広げている日々の非合理な判断を行動経済学の理論的フィルタを通して描いた、行動経済学の入門書。
章立てで合計15のトピックがあり情報量が海の如くある。要は人の判断はその時々の状況や置かれた感情によって錯覚を起こしたり、合理的な判断から逸脱した非合理的な判断を行うということである。

思ったこと

相対性:人は相対的に物をとらえる。例えば職場での報酬を、同じ職場で働く人間と比較することで、その金額と相対した幸福感を得る。他の業界よりも目が飛び出すほど平均年俸の高いファンド系マネージャー、上場企業の社長なども、他の高年俸の人々と比較し、幸福感、みじめさを味わってしまう。人口30万人程度の都市があったとして、東京と比較すれば小さな都市であるだろうし、地方にある絶海の孤島と人口と比較すれば、南米の熱帯雨林に生える木の量と、砂漠に生えたオアシスの木の数ほどの物量の差を感じることだろう。異性との集まりがあった際、それほど容姿に優れない人々がいる中、それなりに素敵な子がいれば、場に咲いた花のように見える。

こうした人間の考え方にひそむ相対性を活用する上で重要になってくるのがアンカリングという考え方だ。人は物事を考え、判断する際に、話の前提とされるアンカー(基準値)に影響を受ける。売れる商品であれ、説得が上手な人間であれ皆人の心を動かすために、話の中に的確なアンカーを埋める。プラセボ薬でさえ、高価な薬を服用した人間が、安い薬を服用した人間よりも心を揺さぶられる。

損をしたくない:人は無料という言葉に動かされ、特定の商品を保有することでよりそのものに愛着がわいてくる。それはなぜか、前提になるのは人は得をするよりの損をしたくないという感情に強く動かされるからである。お金を出費する際は出費の痛みという現象に襲われる。その感情が非合理な判断、人間らしさを生む。

今が重要:性欲で目が曇った時の危うい判断、目の前の貯金より今の浪費を取る心理、人間を生存させるために本能ベースで人はミライより今を取ってしまう傾向がある。理性で動くよりも感情に流される方が容易であるし、人は複雑な判断よりも容易な判断の方を好むからだ。

バイアスが人を動かす:人はバイアスに判断を支配される生き物だ。性的興奮に突き動かされた男と女が、短期的な快楽を追及し、長期的なベネフィットを追わず後悔することは、神話の時代から往々にしてある。一流のバイオリニストがNYの朝の駅で襤褸服に身を包んで演奏しても誰も気づかない。一流の料理店で盛り付けを豪勢に行い、宝石の詰め合わせのように見せかけた安い偽物料理を人は見抜けない。事前に与えらえた情報や判断をゆがめる雰囲気に人はのまれる。ストラディバリと一般のバイオリンの音の差を、どうやって見抜けばいいのだろう。

人は理性にのみ生きる高尚な生物ではなく、先史以前から脳に搭載してきた感情のOSが組み込まれている。感情は時に理性を超えて人の判断に影響を与え、それが非合理な現実を作り出す。

行動経済学の逆襲

行動経済学でノーベル賞を受賞したリチャード・セイラ―の自伝。著者の名前とタイトルだけで購入したのは失敗だった。理論本かと思ったが、ほぼ自伝だった。彼のファンやどのような思考プロセスで理論を思い付いたかを知りたいなら読むべきだとは思うが、買う前とは予想外の内容。タイトル名と著者名ゆえの代表性ヒューリスティックが俺の脳に働いたということだろう。
時系列順に彼の物語が進むと思いきや、各章に関係する理論の概説やその時々に自分をとりかこんでいた環境や心境について、色々と織り交ぜて書いてあるので、理論本としては読みづらい。もしこれが司馬遼太郎が同じような構成で小説を書いたとするなら、司馬氏が章背景にある各時代の背景説明をしつつ、彼が立てた史観の説明と、登場人物の略歴、独自の理論やなおかつ司馬遼太郎の自伝的説明を含んでごったまぜに書いた、無数の野菜と肉を炒めて一つの料理にしたような自伝本といったところだ。

自分の関心分野以外のことに関心のない著者が、これはと思える学問の分野にのめり込み、分野を先導する教授ら、メンターらと共に研究の原野を劇的に進んでいく様は、さながら勝海舟に出会った坂本龍馬のごとくであった。若干ADHD気味な人なのかもしれないが、それを活かしてくれる人が彼を大成させたといっていいのだろう。元からある才能は外部環境や土壌に大きな影響を受ける。関心分野に対して興味を失わない少年のような心、尊敬できる人たちを素直に尊敬し、意見を取り込み成長していくところ、そうした姿勢が素晴らしい著者であると思う。そういった点はぜひ見習いたい。

行動経済学の立役者たちの物語なら、マイケル・ルイス著の

マイケル・ルイス/かくて行動経済学は生まれり | 虹彩の銀河

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一体どんな本? データ分析を武器に、貧乏球団を常勝軍団に作り替えたオークランド・アスレチックスのGMを描いた「マネー・ボール」を上梓した際、「専門家の判断がなぜ彼らの頭の中でゆがめられてしまうのか。それは何年も前に二人の心理学者によって既に説明されている。それをこの著者は知らないのか」との批判的な書評を目にする。それに

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実践行動経済学 | 虹彩の銀河

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未読、備忘録です。 選択的アーキテクト 選択アーキテクトは人々が意思決定する文脈を体系化して整理する。 ※アメリカ公立小学校の給食。陳列や並び方を変えることで数多くの食材の選択量を25パーセント増減させた。 ※男性用トイレにハエのマークを置くことで、集中力が格段に高まり、汚れが劇的に減った。 バイアスと錯視

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本郷航

代表取締役社長/CEOG2株式会社
G2株式会社代表取締役社長。 司馬遼太郎が描いた偉人達、北方謙三らが描いた熱い英雄たちの物語に影響を受け、高校在学中から起業を志す。 大学在学中からさまざまなビジネスに手を出し、株式投資も並行して行う。その後海外向けの高級ガジェット専門店を立ち上げ、売却。 有田焼ギフト専門店(ジェイトピア)を創立。 あらゆる業界人が焼き物を決してネットで売ることはできないと断定する中、業界を代表するECプラットフォームを構築。新垣結衣、櫻井翔主演のドラマ等のスポンサーも。 ネット社会において、本来ブランド力や技術のあるサービス、物などのブランディング、マーケティングによる価値創出を理念とする。