データ分析を武器に、貧乏球団を常勝軍団に作り替えたオークランド・アスレチックスのGMを描いた「マネー・ボール」を上梓した際、「専門家の判断がなぜ彼らの頭の中でゆがめられてしまうのか。それは何年も前に二人の心理学者によって既に説明されている。それをこの著者は知らないのか」との批判的な書評を目にする。それに衝撃を受け、その二人の心理学者、ダニエル・カーネマンとエイモス・トヴェルスキーについて取材を開始。二人がいかにして人の頭に潜むバイアスや錯覚を暴き出し、「合理的な人間像」を前提としていた既存の経済学を打ち壊していったかが、本書では描かれる。
マイケル・ルイスって誰?
著者の代表作は「マネー・ボール」。
2004年にブラッド・ピッド主演で映画化され、アカデミー賞6つにノミネートされている。
ちなみに作品の内容は、オークランド・アスレチックスのGMがセイバーメトリックスなる統計学の観点から選手の評価や戦略を考える独自の手法を用い、プレーオフ常連の競合チームを作り上げていく物語。非合理な野球の世界に、合理的な分析手法を導入したGMを中心にした画期的なチームの物語を描いたことでよく知られている。
米国ではベストセラー頻発の作家。
感想
行動経済学についての学術的な本かと思って買ったのだが、実際はノンフィクションノベルのようなもの。内容は完全に理で動く合理的な経済人というモデルをぶち壊し、経済学の世界を一変させたノーベル賞受賞学者ダニエル・カーネマンと盟友のエイモスト・トヴェルスキーがいかに出会い、その理論を構築発展していったかの話。コマかいところはおいておいて、思ったことは下記に記した。
1:表紙がイマイチ
表紙のタイトルに表題よりも大きなマイケル・ルイスと表記があり、ぱっと見たところ何の本かよくわからなかった。
著者の有名な本は日本のアマゾンでもレビューは30を超える、マネーボールなど120である。しかし、この本は7件。
他の本に比べ圧倒的に少ない。そのぶん売り上げが伸びていないのだろう。
ちなみにアマゾンusでのレビュー数は1000を超え、ベストセラーとなっている。
内容はともかく、マーケティングには失敗しているように思う。
行動経済学を標榜する割には売り上げにつながる消費者の動きを考えていないのでは。
2:人はバイアスの虜
著者作のマネー・ボールでは万年予算不足の弱小野球チームが、今までスカウトが直感で選んできた選手の選択を、統計学を用いて合理的に選択することで、優秀な選手を安く仕入れ、強いチームを構成していく話だった。本書ではNBAで類似した統計学の手法を用いて快進撃を続けるヒューストン・ロケッツのGMダレル・モーリーが事例として登場する。そこで軸となるものはスカウトが連れて来る選手は優秀な場合もあるが、そうでない場合も非常に多い。何故そうしたことが起こり、チームは無駄な予算を組む必要があるのかということである。
その理由をカンタンにいうなれば、スカウトはほぼ一瞬で印象を決め、その後はそれに合うデータを集めてしまう傾向にある、”確証性バイアス”にかかっているということ。
カエサルはかつて、人は見たいものしかみたいという金言を世に残したが、それの心理学的な用語と考えていい。
経験に基づいた無意識な好き嫌いや先入観が判断を大きくゆがめ、固執を生み、こうした選択の際に害を生んでしまう。
他にも保有効果というそれを保有することで自分自身が勝手に納得するバイアスや、現在バイアス、後知恵バイアスといったもろもろ判断をゆがめる感情や直観の産物など、人が判断をいかに偏見で狂わされるか、いくつも事例にあがっていて面白い。
※医者のヒューリスティック:長期間アルコール依存症に苦しんだ男が、意識の混濁した状態で運ばれてきた場合、酔っぱらっていると判断する場合が多い。しかし統計的には硬膜下血種の可能性が高い。
3:人は合理的ではない
旧来の経済学が前提としていた合理的経済人。その建前をダニエル・カーネマンとエイモス・トヴェルスキーのコンビが変えてしまった。彼らが作り上げたいくつかの理論やそれを支える実証研究は人が無意識のうちに非合理な選択をする生き物であることを証明していいる。
※手術で死ぬ確率が10% or 成功率90%の印象の違い。
4:人は環境の産物
言わずと知れたノーベル経済学賞受賞者ダニエル・カーネマン。彼の人生は激動であるユダヤ人として第二次世界大戦下を死の淵を歩きながら生き、その後は分割されたエルサレムでユダヤ人とアラブ人の対立を眼に見、大学卒業後は軍隊の心理学部隊に配属。新兵をどの部署に配属すべきかの尺度を作成。血の匂いのする凄惨な生い立ちが彼を人間そのものを俯瞰してみる、心理学の世界に半ば強制的にいざなったのは間違いない。もしこのような環境下に生まれなければ、彼はここまで世界を変えていなかったのかもしれない。それはクレオパトラの鼻がさらに3センチ高かったらといった仮定の話である。
5:仲間は大事
ダニエル・カーネマンはユダヤ人、エイモス・トヴェルスキーはイスラエル人。二人とも天才学者として若くから知られていたが、タイプはまったく違っていた。ダニエルは思慮深く傷つきやすい。孤独主義。エイモス・トヴェルスキーは自信家で意見を貫き、人の意見を聞かない。
性格は正反対の二人だったが、その性質が補完的に研究を支え、同士は旧来の経済学の世界観を一新させる同志へと変わっていく。
行動経済学誕生前夜彼らは大喧嘩をして研究者として一時的に袂を分かつ、その後すぐにエイモスが悪性黒色腫に侵され、余命6か月であることがわかる。
その際エイモスが電話口で仲たがいしたダニエルに言った言葉が良かった。行間すらない一文、ダイアモンドのような言葉だ。「ぼくらは友達だ。きみがどう思っていようと」
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