オール・ユー・ニード・イズ・吉良。
この作品は忠臣蔵の敵役、吉良上野介を主人公にしたタイムリープ系の小説である。
なお忠臣蔵とは、主君を討たれ、下野することとなった47人の赤穂浪士たちによる復讐劇である。
史実では赤穂浪士47人の襲撃時、吉良は屋敷にある炭蔵に逃げ込む。そこでおびえているところを浪士たちに発見され、むごたらしく殺害される。
話はその襲撃によって彼が死ぬシーンから始まる。
翌日彼は臥所から跳ね起きる。なぜか生きている、やたらリアルな夢を見たのだろうかと己を説得する。
しかし、何故か昨日体験した夢であるはずの事象が、ことごとくすべて同じように再現されるのだ。家臣たちのセリフ、行動、台本にそって脚本を読んでいるような。
その日も襲撃に合い、彼は死ぬ。
またもや翌日に目が覚め、彼は気づく。
赤穂浪士襲撃の一日が、己の死と共に何度も繰り返されていることを。
何度も殺されていくごとに、失われていく家臣たちの命、己が被る圧倒的な理不尽。
彼は運命を変えるために、立ち上がる。夜半の襲撃を生き延び、朝日を見るために。
感想
all you need is killというトムクルーズ主演の映画があった。
あれもまた歴史小説ではないが、タイムリープものであった。そこからタイトルのオマージュを捧げているのだろう。
軽妙な文体で怒涛の如く話が進んでいくので、読んでいる分に重さは感じない。快適である。
吉良は地獄の底から蘇る
初回の襲撃では炭小屋の片隅で猫に狙われるネズミのようにおびえていた吉良であったが、同じ毎日を繰り返していくうちに心根が固まってくる。
その気構えや勝ち残るために試行錯誤していく様が面白い。
敵の総数、裏門、表門、どちらかから襲撃がくるのか。
ある程度把握できるようになるものの、おおよそ2つの問題があった。
1:武林なる鬼神のような武力を持った赤穂浪士が、あらゆる予測を超えて吉良を殺害してしまう点。
2:軍勢で対抗するにしても、吉良の配下たちが弱すぎて勝負にならないこと。
吉良は吉良で赤穂浪士たちの襲撃を見越し、堅陣を組んで防壁や堀を深くして備えるのだが上記要素によってすべてが台無しになる。100ほどの転生を繰り返したのち、1度襲撃を退けることができたのだが、大半の部下が死に絶えたあまりの惨状を嘆き、彼は自ら命を絶つ。
朝日を求めて
長くなるので、簡潔に。
その後、彼は近所に住む旗本に剣術を習い始める。そこで修練を積み、何度も何度も生死を繰り返す。
そして255回の転生時に赤穂浪士47人すべてを一人の手で切り捨て、伝説の剣豪として名を残して物語は終わる。
予測不可能な行動を取る武林に関しては、彼の弱点が酒だったので、酒の池に突き落として、酩酊したところを屠った。
敗れざる者
己の生命が失われていくという人生に一度の機会を、彼は幾度となく繰り返す。
時の輪廻の中、失われていく命への愛や、過去にしでかした過ちへの償いなど、人間として吉良自身が磨かれていくのが良い。
始めは炭小屋でおびえていただけの老人が、いつくしみと勇気を持った剣客に変わっていく様は、育成物のゲームのようであった。
一度しかない命を、繰り返す命という新たな前提に立って発想すること。タイムリープと国民的歴史物語を掛け合わせること。
切り口が素晴らしい一冊。
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