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概説
主人公のチャーリー・ゴードンは32歳。生まれつき知的障害があり、IQが68程度しかない。
しかし、人への疑いを一切持たない心根の優しい人間であり、いたわりや優しさに溢れた好青年だった。
彼の夢は、いつか周りの皆にもっと愛されるように、同じにようになれるように、頭が良くなること。
そのため叔父が経営するニューヨークの下町にあるベーカリーで仕事をしつつ、知的障害者専門の学習クラスに通っていた。
ある日、人並みに賢くなり、もっとたくさんの人から愛されたいという彼の夢をかなえる時が降ってきた。
読み書きを習いに行っていた学習センターのアリス先生の推薦で、教授が研究していた知的能力を劇的に向上させる手術を受けることとなったのだ。
彼の手術の前に実験体として、白ねずみのアルジャーノンが手術を受けていた。先に施術されたアルジャーノンは、驚くほどの知能を獲得し、迷路のテストではチャーリーを凌駕する。
障碍者から天才へ
かくして人間として第一の検体となったチャーリーは、IQ68の身から、目くるめくように知的水準を上げ、結果としてIQ185の天才へと変貌する。
たぐいまれな頭脳明晰を得た彼は、大学で学生に混じって勉強することを許され、知識を得る喜び・難しい問題を考える楽しみを満たしていく。
だが、頭が良くなるにつれ、今まで理解できなかったことが、意味のある事実として頭の中に怒涛の如くなだれ込んでくる。
それは学習センターの教師であったアリスにたいする恋慕。これまで友達だと信じていた仕事仲間にだまされいじめられていたこと。自分の知能の低さが理由で母親に捨てられたことなど。わからなければ幸せのままでいられた物事の数々だった。感情の処理が熱を発し、彼を悩殺していく。
もともと手術を受け、知能をあげることで、友達をたくさんつくり、皆と幸せになりたいという願望を持っていたチャーリーではあったが、すでに天才の域に達していた彼は、その知能の高さから更に傲慢になり、孤立を深めていった。
失われた鎖
あらゆる語学や学問を横断して学び、知者が世界を俯瞰出来る最高峰の位置に立ったであろうチャーリーだったが、感情の処理は子供のままだった。
知性の発達に比べ、感情の発達の速度が遅すぎるのだ。
アリスは彼を愛しはじめたが、チャーリーの中にいる昔のチャーリーがそれを受け付けない。彼は自分の中にある感情や過去を整理するために、ニューヨークの街中にアパートを借りる。
そこで出会ったのが前衛芸術家のフェイだった。彼女は夜通し遊び狂う奔放な女性だったが、彼はそれと関係を結ぶことになる。
やがて人の心の機微やむなしさも知るようになり、愛の意味を悟る。アリスともその時がやってきた。
すべてが消えていく
愚者が天才となり、その代わりに感情を失う。そして彼は再びそれを得た。
そのさなか悲劇は起こる。ほぼ同時期に手術を受け、相棒ですらあった白ねずみのアルジャーノンが永遠の眠りについてしまう。
アルジャーノンは知的なネズミであったが、ある時を境に猪突猛進かつ、理解不能な異常行動を取るようになり、最終的に自分でエサを食べることもできずに死んでしまった。
チャーリーはその原因を解明し、それがやがて己の身にも起こることを確信した。脳が委縮し、退化し、元の知能よりも悪化し、アルジャーノンのように狂って死んでいくのだと。
アルジャーノンに花束を
彼はそれを防ごうと不眠不休の研究の末、考えうる万策をたてるが、知能衰弱を防ぐいかなる企ても功を奏さなかった。
低下する能力はとどめようがなく、記憶は煙のように消え、文章すらかけなくなっていた。
のぞみのない残酷な結末に、彼は最後の経過報告を記す。
それは今までかかわってきた人々への感謝の念でもあり、失われていく自分の理性の最後の叫びでもあった。
経過報告の末尾、追伸として彼は心のこもった最後のメッセージを描く。
「どうかついでがあったら、うらにわのアルジャーノンのおはかに花束をそなえてやってください」と。
二つの世界で
簡潔に。
感情豊かな青年は、心を失うことで天才になった。神のような智慧を得た彼は、共感を失った傲慢な人間となり、無限の孤独に陥る。
そして術後の知性劣化の中で少しずつ、魔法のような才能をこぼれ落としていく。
いずれアルジャーノンと同様の症状が出、狂人となり、死んでいくことを彼は理解していた。
やがて彼の知能は術前程度に戻る。
人間として理性を保てる最後の時に、あらゆる思いを込めて、彼はアルジャーノンへの追悼の念を書き表す。
「どうかついでがあったら、うらにわのアルジャーノンのおはかに花束をそなえてやってください」
そして空白の中に溶け込んでいった。
チャーリー・ゴードンに花束を
2つの視座を生きた彼の稀有な人生は、人間が持つ社会で発揮する能力の両極端をあらわしている。
一つは感情や共感に基づき、他者との関係を構築していくこと。もう一つは論理をもとに、正義や正当性を追求すること。
術前の彼は後者がなかったし、術後の彼は前者がなかった。
いずれの世界でも彼は苦悩する。その葛藤の中で人というものの本質を考えさせられた。
知能と感情の発展の中でかつてうけた元職場の人間たちからの過去のいじめを理解するようになり、両親から捨てられ障碍者施設に入れられたことも察した。さらなる知性の飛躍の中で、己の脳手術を担当したストラウス博士や、二―マー博士の劣等、象牙の塔に住む学者たちの視座の低さを知り、何もかもが愚かに見えて来る。知能が高まれば高まるほど彼は孤立していく。
一方で彼が情を寄せるアリス・キニアンへの慕情を適切に処理できず、重要な瞬間瞬間でパニック障害に似た症状を発することへの苦悩、情というものの論理を超えた謎ときに対するその時々の色合い。一瞬で紅葉の頂点に達し、すぐに色あせてしまうような困難な難問。愛情のないイージーな異性の相手、フェイへの態度や冷厳な行為など、彼は人との交流、情緒的な体験、接触を繰り返していくことでものの見事に生まれ変わっていく。
知性を得た彼が対峙したものは過去と感情の処理であって、過去の自分の劣性ではなかった。むしろ知性の成長による”感情の進化の遅れ”に対して、知的障碍を抱えていたころのチャーリー・ゴードンが立ちふさがる。あらゆるトラウマ。虐待やいじめ、罵倒、すべてが呼び起こされる。肝心なシーンで。
やがて知性が不可逆的退行を迎えつつあるチャーリーは、彼の側に寄り添っていたアリスを追い出す。部屋に閉じこもりすべてを回想する。神の奇跡かいたずらか、泡のようにふとわいてきた天才の彼と、知的障害の彼、それが一つに戻る。乖離していた人格と知性がある一点で交わる。その瞬間彼は彼になった。
今後終わりゆく自分に訣別を告げるため、彼は一人施設に戻る。
ただ、最後の最後、彼がすべての理性を失う前に書き残したアルジャーノンへの追想は、
人そのもののをあらわす、論理や知能を超えた言葉だったと、僕には思えてならない。
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